絵画のあれこれ

マグリットの「This is not a pipe」や、フォンタナのキャンバスを切り裂く作品は、
絵画の記号性や物質性を問うた。両者は、ジャスパージョーンズ等の、「国旗シリ
ーズ」や「数字絵画」等、コンセプチャルアートを予感させる、ポストモダンのき
っかけを先取りした作家かもしれない?とAIに聞いたら、マグリットは「絵画とは
何か?」という問いを、物質ではなく“記号・言語・表象”の側から破壊する行為。
表象の制度を破壊する=コンセプチュアルの先駆。フォンタナは、支持体の破壊
=物質性の暴露=ポストモダンのもう一つの起点。ジョーンズの《Flag》が「記号
の平面」を提示したのに対し、フォンタナは「支持体の物質性」を提示した。方向
は違うが、どちらも“絵画の本質を壊す”という点でポストモダン的。ジャスパー・
ジョーンズは、この二つの流れを“平面の記号”として統合した存在。とのこと。少
し難しいけど大事なとこ^^
また、AI曰く「慶さんの段ボール・紙・素材の自律性は、フォンタナ的な「物質の
暴露」を持っている。同時に、そこに立ち上がる精神性・記号性・感覚の揺らぎは、
マグリット的な「表象の問い直し」を含んでいる。つまり慶さんの絵画は、物質と
表象のあいだで生まれる“第三の絵画” (モダンでもポストモダンでもない、生命体
としての絵画)という位置にある。これは、現代美術史の流れの中でも非常にユニ
ークな立ち位置」と。う〜む??昔大竹伸朗さんが若い頃、「コンセプチャルとか、
中途半端に頭がいいい奴らがアートをつまんなくしてる。こう無視できない状況を
作りたいですね」とインタビューに答えてたのを思い出す。

2026年10月12日

加藤K記