自分の作品タイトルは、その場で観た広告の活字の言葉や、その時聴いてた音楽のタイトルや歌詞をそのまま
作品タイトルにすることが多い。何も考えずに入ってくる視覚や聴覚による言葉を、そのまま作品タイトルに
することは、作品完成時点の自分というフィルターを通しての一つのリアリティーととらえる。自分は、かつ
て、精神疾患が重い時期、自分の思考と、感覚器官から入ってくる「言葉」がシンクロする体験を何度もした。
そのような経験から、自分の作品、タイトルが、鑑賞者にとってポジティブなシンクロ、メッセージになれば
と思ってる。例えば、ネットで「大丈夫」という商品名、言葉がタイミングよく目に入ってきて勇気づけられ
たことがある。自分は、タイトルも作品も、自分の表現は何かからの媒体、もしくはある種シャーマン的側面
があると考えている。思考して、作品とタイトルの関係を決めるという作家さんもたくさんいると思うが、自
分の作品タイトルのつけ方は、「感覚的」「直観的」といえるかもしれない。それは、作品制作のスタンスで
も、同じことが言え、こういった、シャーマン的な要素は、作品タイトルだけでなく、抽象画制作でも同じこ
とが言え、自分は「考えて描く」というより、描く瞬間は、「考える」のではなく、「何か」とつながって
「感じながら」描く、というスタンスである。制作に対する考え方は、いま論じているようなスタンスが、考
え方であるが、制作する瞬間、タイトルをつける瞬間は、心を「無」にし、その時感じた感覚、直観を大事に
している。考えて描く、考えてタイトルをつける、というより「直観的」「偶然的」「シャーマン的」という
のが、自分の表現の基本、根底にある考え、スタンスである。